ヴィパサナ体験 <その2・初めの一歩>
さて〜、到着した日は登録とオリエンテーション、夕方5時にスープとサラダの夕食でした。(って本題の瞑想はどうなったんや〜)
明日からは11時の昼食以降、食事はない!ない!、、ないが残り9時間半を起きて過ごさねばならない。
5時に果物とハーブティーのおやつが出るが、実質的な「ゴハン」は昼でおしまい。きっと私は夜中にお腹をグーグー言わせ、おでんの夢でも見ながら眠りにつくのであろう。
食事はいつもビュッフェ形式で、以前参加したことがある人が、「昼食は(最後の食事なので)みーんな必死にがば!がば!とお皿に取る」と言ってたが、ホントにその通りであった。こう、レードルを掴んで食事を盛り終えるまでの数秒、みな目が超マジ、しかもなんか「隠れイヒヒ」的幸福感が漂っている。
でもたっぷりと量は作ってあるので、お代わりができることが分かると、ちょっとみんな落ち着いた感じ。。っつーか、それは私のことや!(でも後日、「後で取りに行こう〜」と思ってた潰しアボカドがすっからかんになっていたので悔しかった!でも、これを悔しがったのはアボカドに対する煩悩っつーの?執着があったからなんだ、と気がついた。。合掌。)
で、その最後の5時の食事が終わり、食堂の真ん中がカーテンで仕切られ男女完全に分けられると、それから「noble silence」という、他の人とは口をきかない、目も合わさない、触れることもない、という規律が始まった。
なんだかヘンな感じがするに違いない、思わず話してしまうんじゃないか、、なーんて思いがちだが、やってみるとこれがぜ〜〜んぜん平気!
つーか、楽。すごい楽。
意図的に、例えば個人的にアンタが嫌い!とかで目を合わせないのではなく、全員ひとりひとりが、そういう規律だからしゃべんないし目も合わせないのよ〜〜、と理解している状況下なので、他の人がこう思ってんじゃないかとか心配する必要が全くない。周りに他人がいるのに、安心してお互いを温かく完全無視できるのである。これは面白かった。
東京やNYやら、大都会の通勤でも、例え身体が接触するほど近い距離にいながら、お互いを無視しあってたりするけど、私にとってその無視はものすごい警戒感を伴う、防御的無視というか、信頼し合っての無視じゃないので安心できなかった。もしくは、警戒してると疲れるので心と身体が切り離されてすぐ寝ちゃったりとか。
でもこういう安全な無視しあいっこの中だと、安心して自分以外からの影響や刺激を最小限に留め、自分に集中することで瞑想の効果を最大にすることができる。もし逆に話してもいいという環境だったら、絶対休み時間の度に、自分はどー感じた、足が痛かった、腰が痛い、肩が痛い、アタマが痛い、ごめんねお腹がなってウルさかったでしょー、あたしは光が見えたわー、あらあたしは見えなかったわー、だの何だのしゃべりまくるに違いなかったろう。で、次の瞑想時間はそのコメントのこととか思い出しちゃって、心はどっかに行っちゃうとか。
大体、ただでさえ黙って目つぶって座ってたら心はどっかに行っちゃって、勝手にパーティーやら運動会やら始めたりするもんである。、、お、やっと本題が見えて来たな。
そう、最初はまだヴィパサナ瞑想じゃなくて、「アナパナ」瞑想から始めます。
・・・うーん、、、どうしよう。
これから参加してみたい人もいるだろーし、あんまり詳細書かない方がいーかなー。うーん。なんか一日一日、個人個人がその人なりの経験を通して、真理みたいなものへの理解を「体得」していくプログラムになってたんだと後で私は気がついて、あんまり詳しく知らないで行って良かったな〜と思ったんだよねー。うーん。前に参加したことある人たちが、あんまり口数多く語らなかったのは、そういうこともあったのかなー。
うーん、あんまり詳細書くのはやめよ。
あと、参加してみたいなーと思ってる方は、あんまり読まない方がいーかも!
「アナパナ」つーのは、いわゆる「メディテーション」のクラスとか受けると教示される一般的な瞑想の技法で、自身の呼吸に集中していくヤツ。泥水も静かに置いておけば泥は下に沈んで水が澄む、、と以前説明されたことアリ。
なんつーか、それも良い例えだと思うんだけど、今回は私はそんな風に感じなかった。どっちかというと、「私の家」の中に静かに座っていようとする「私」ってのがいて、私の分身のコドモ達が何人かいて、そいつらはコドモだから静かに座ってるとかなんてできなーい!って感じ。で、ドタバタと私の周囲を駆け回ったり、話しかけてきたり、腕やらひっぱったり、泣きついてきたり、冗談言って来たり、驚かせようとしたり、あらゆる事で私の関心をひいたりかき回そうとしてる、という感じ。コドモだから仕方ないし、何より私のコドモ達だから愛してるし大事な存在である。けれど、彼女らに「私の家」を任せられない、乗っ取られたくない。私の家の管理は私がしたい。
そうは思っても、3呼吸もしないうちに、気がつくと完全に私はどっかに行ってたりする時間が延々と続く。しかも、一日目の夕方近くになると、終止符を打って次に行こう、考えるのよそう、、と最も強く思ってたことがガンガン湧いてくるのだった。うげーーーーやめてくれ〜〜。最近はやっと考えなくなってたのに〜!!!最近やっと大丈夫だと思ってたのにーーー!!!
呆れ返って何度か目を開け、心の中で「もーーーー。。。何コレ、、、。なんじゃ私は、、、」と深いため息をつきながらも、先生のゴエンカ氏(といってもビデオだったけど)が、味わいあるゆっくりした低ーい声で「真面目に〜〜、忍耐強く〜〜〜〜、諦めないで〜〜〜〜〜、集中して〜〜〜〜、イライラしないで〜〜〜〜、諦めないで〜〜〜〜〜、、、あなたは成功へと向かっていま〜〜〜す」と言ってたのを思い出す。
「オッケー、ゴエンカ先生。この10日間は先生を信じてみるからね。成功せんやったら寄付もせんでえ〜(←せこい)」と、また目を閉じる。
ふ〜・・・・・。
ふ〜〜・・・・・。
ふ〜〜〜・・・・・。
、、、、あれ、良い感じ?あ、良い感じ?? ええやん!! わーい、あ、これFacebookに書いちゃおー、ブログにも書いちゃおーー、ええっと、『一日目も終わりに近づくと、さすがのワシにも変化が、、』とかー?
、、、、あっ、シマッタ。これも雑念やん、、、
といった具合に、間もなくまたコドモ達が私を翻弄しにやってくるのであった。
やれやれ。。。(続く)
明日からは11時の昼食以降、食事はない!ない!、、ないが残り9時間半を起きて過ごさねばならない。
5時に果物とハーブティーのおやつが出るが、実質的な「ゴハン」は昼でおしまい。きっと私は夜中にお腹をグーグー言わせ、おでんの夢でも見ながら眠りにつくのであろう。
食事はいつもビュッフェ形式で、以前参加したことがある人が、「昼食は(最後の食事なので)みーんな必死にがば!がば!とお皿に取る」と言ってたが、ホントにその通りであった。こう、レードルを掴んで食事を盛り終えるまでの数秒、みな目が超マジ、しかもなんか「隠れイヒヒ」的幸福感が漂っている。
でもたっぷりと量は作ってあるので、お代わりができることが分かると、ちょっとみんな落ち着いた感じ。。っつーか、それは私のことや!(でも後日、「後で取りに行こう〜」と思ってた潰しアボカドがすっからかんになっていたので悔しかった!でも、これを悔しがったのはアボカドに対する煩悩っつーの?執着があったからなんだ、と気がついた。。合掌。)
で、その最後の5時の食事が終わり、食堂の真ん中がカーテンで仕切られ男女完全に分けられると、それから「noble silence」という、他の人とは口をきかない、目も合わさない、触れることもない、という規律が始まった。
なんだかヘンな感じがするに違いない、思わず話してしまうんじゃないか、、なーんて思いがちだが、やってみるとこれがぜ〜〜んぜん平気!
つーか、楽。すごい楽。
意図的に、例えば個人的にアンタが嫌い!とかで目を合わせないのではなく、全員ひとりひとりが、そういう規律だからしゃべんないし目も合わせないのよ〜〜、と理解している状況下なので、他の人がこう思ってんじゃないかとか心配する必要が全くない。周りに他人がいるのに、安心してお互いを温かく完全無視できるのである。これは面白かった。
東京やNYやら、大都会の通勤でも、例え身体が接触するほど近い距離にいながら、お互いを無視しあってたりするけど、私にとってその無視はものすごい警戒感を伴う、防御的無視というか、信頼し合っての無視じゃないので安心できなかった。もしくは、警戒してると疲れるので心と身体が切り離されてすぐ寝ちゃったりとか。
でもこういう安全な無視しあいっこの中だと、安心して自分以外からの影響や刺激を最小限に留め、自分に集中することで瞑想の効果を最大にすることができる。もし逆に話してもいいという環境だったら、絶対休み時間の度に、自分はどー感じた、足が痛かった、腰が痛い、肩が痛い、アタマが痛い、ごめんねお腹がなってウルさかったでしょー、あたしは光が見えたわー、あらあたしは見えなかったわー、だの何だのしゃべりまくるに違いなかったろう。で、次の瞑想時間はそのコメントのこととか思い出しちゃって、心はどっかに行っちゃうとか。
大体、ただでさえ黙って目つぶって座ってたら心はどっかに行っちゃって、勝手にパーティーやら運動会やら始めたりするもんである。、、お、やっと本題が見えて来たな。
そう、最初はまだヴィパサナ瞑想じゃなくて、「アナパナ」瞑想から始めます。
・・・うーん、、、どうしよう。
これから参加してみたい人もいるだろーし、あんまり詳細書かない方がいーかなー。うーん。なんか一日一日、個人個人がその人なりの経験を通して、真理みたいなものへの理解を「体得」していくプログラムになってたんだと後で私は気がついて、あんまり詳しく知らないで行って良かったな〜と思ったんだよねー。うーん。前に参加したことある人たちが、あんまり口数多く語らなかったのは、そういうこともあったのかなー。
うーん、あんまり詳細書くのはやめよ。
あと、参加してみたいなーと思ってる方は、あんまり読まない方がいーかも!
「アナパナ」つーのは、いわゆる「メディテーション」のクラスとか受けると教示される一般的な瞑想の技法で、自身の呼吸に集中していくヤツ。泥水も静かに置いておけば泥は下に沈んで水が澄む、、と以前説明されたことアリ。
なんつーか、それも良い例えだと思うんだけど、今回は私はそんな風に感じなかった。どっちかというと、「私の家」の中に静かに座っていようとする「私」ってのがいて、私の分身のコドモ達が何人かいて、そいつらはコドモだから静かに座ってるとかなんてできなーい!って感じ。で、ドタバタと私の周囲を駆け回ったり、話しかけてきたり、腕やらひっぱったり、泣きついてきたり、冗談言って来たり、驚かせようとしたり、あらゆる事で私の関心をひいたりかき回そうとしてる、という感じ。コドモだから仕方ないし、何より私のコドモ達だから愛してるし大事な存在である。けれど、彼女らに「私の家」を任せられない、乗っ取られたくない。私の家の管理は私がしたい。
そうは思っても、3呼吸もしないうちに、気がつくと完全に私はどっかに行ってたりする時間が延々と続く。しかも、一日目の夕方近くになると、終止符を打って次に行こう、考えるのよそう、、と最も強く思ってたことがガンガン湧いてくるのだった。うげーーーーやめてくれ〜〜。最近はやっと考えなくなってたのに〜!!!最近やっと大丈夫だと思ってたのにーーー!!!
呆れ返って何度か目を開け、心の中で「もーーーー。。。何コレ、、、。なんじゃ私は、、、」と深いため息をつきながらも、先生のゴエンカ氏(といってもビデオだったけど)が、味わいあるゆっくりした低ーい声で「真面目に〜〜、忍耐強く〜〜〜〜、諦めないで〜〜〜〜〜、集中して〜〜〜〜、イライラしないで〜〜〜〜、諦めないで〜〜〜〜〜、、、あなたは成功へと向かっていま〜〜〜す」と言ってたのを思い出す。
「オッケー、ゴエンカ先生。この10日間は先生を信じてみるからね。成功せんやったら寄付もせんでえ〜(←せこい)」と、また目を閉じる。
ふ〜・・・・・。
ふ〜〜・・・・・。
ふ〜〜〜・・・・・。
、、、、あれ、良い感じ?あ、良い感じ?? ええやん!! わーい、あ、これFacebookに書いちゃおー、ブログにも書いちゃおーー、ええっと、『一日目も終わりに近づくと、さすがのワシにも変化が、、』とかー?
、、、、あっ、シマッタ。これも雑念やん、、、
といった具合に、間もなくまたコドモ達が私を翻弄しにやってくるのであった。
やれやれ。。。(続く)
by BoulderMikiko
| 2009-04-01 09:53
コロラドはボルダーのマッサージセラピスト・美紀子のブログ。熊本生まれ、ワシントンDC、プロバンス(仏)、東京、モントリオール、ニューヨーク生活を経て、ロッキーの山の中人生を楽しんでおりまっす!
by BoulderMikiko
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